非モテの生態解明

U25の非モテが抱える非モテ要素を考える。

前回は主に社会人2~3年目、つまりU25歳くらいの非モテにとってこの時期はいかにチャンスが残る時期であるということをお伝えしました。
ですが、これは一般的なサイト様でも書かれていることを少し読み解いただけの分析です。
しかし一般的なサイト様で紹介されていることがそう簡単に適合してこないのが非モテという人種です。

今回はいかにU25の非モテが非モテになり、今後も非モテになってしまう影響を及ぼしてしまうのかを分析します。

U25の非モテの非モテメンタルを代弁する

まずは、今回の主人公であるU25の非モテを非モテたらしめる非モテメンタルを解析していこうと思います。
モテ論ブログ様等では、非モテメンタルはモテに対して邪魔なもの。
そんなものをいつまでも持っている非モテは努力不足であると論じています。

しかし、当ブログではちゃんと非モテメンタルを形成していった環境を掘り下げ、
本人の努力不足という点はあるにしても、環境や周囲にも問題があったという見方をします。

責任を自分だけで背負う必要なないんです。

周囲に置き去りにされた非モテ

大学生の恋愛はボーナスステージのようなもの。

こちらの記事でも紹介しましたが、
大学生という時期は恋愛の難易度が下がるので一気に周囲にカップルが増えます。

それこそ、高校の頃は一緒にオタク話に花を咲かせていたような冴えない同級生がそこそこかわいい彼女をつくったり。

はっきり言ってイケメンが彼女を連れるのはもう嫉妬しませんが、自分と同じような男が男になる瞬間はどうでしょう
また、さえないイケメンの取り巻き連中についてはどうでしょう?

両者とも高校の頃は彼女はいなかったという場合がほとんどでしょう。
一緒にオタク談義をしたり、リア充グループの外縁の一人だったり。

少なくとも高校時代においてカップルというものはリア充グループの中心いわゆるスクールカースト上位のみに許された特権でした。

こんなオタクやその他大勢が大学に入り「よーいドン!」で恋愛を始めます。
大きな差なんて最初はないはずなのにうまくいく人といかない人の差って何なんでしょうか?

自分と同列だった人の幸せな姿を見るうちに自分は置いてけぼりになってしまった気分になってしまいます。

足りない何かとは?自分への疑心

モテてこなかった人も過去、大学時代などにはパートナーを見つけようとその人なりに努力をしてきたのは間違いありません。

おそらく、そんなことを非モテに悩む諸兄に言っても、「努力なんて全然できなかった」というでしょう。
確かに努力の方向性が間違っていたり、すぐにやめてしまったり、そんなこともあるでしょう。

ですがこれは、
彼女が一人でもできたという目に見える結果がなかった。
ゆえに結果につながらない努力は徒労だったと思っている
のにすぎません。

これはよくよく考えると奇妙な話です。

恋愛ではなく勉強やスポーツに話を変えましょう。

受験勉強なんかはわかりやすく偏差値があります。

偏差値70の学校に入りたかった人が入れなかったとします。
ですが1年前の模試での偏差値は60だったものを65まで上げたとしたらどうでしょう?

努力は数値化されるので自分は努力していないなんて思いにくいでしょう。

スポーツなんかもわかりやすいです。
試合で勝つという目標は達成できずともレギュラーは勝ち取ったという事象があれば、自身の努力は実感できます。
レギュラーを勝ち取れなくても「体力は明らかについた」など本人に残るものは多々見つかり自身の成長をかみしめることが可能です。

勉強や部活での挫折は、新たな問題把握につながり更なる飛躍への期待を呼びます。

ですが、恋愛での挫折はそもそも何が問題であるかは人それぞれです。

あなたが出会いの場で話しかけた女性。しかし彼女は即そっぽを向いてしまいました。

これは単にタイプではなかったからなのか、タイミングが悪かったのか、話しかけ方が悪かったのか?

これはすべて闇の中です

これは人それぞれの感性が絡むうえ、タイミングやらなにやら。
本人に聞いてもわかりませんし、周囲の人に聞いてもわかりません。

実はここが恋愛のものすごく難しいところです。
勉強や仕事やスポーツと違い、敗因の把握は非常に困難を極めます

もしかしたら、あれが悪かったのか?

いや、これも悪いのではないか?

繰り返しますがその時の敗因なんて女性本人にもわかりません。
非常にふわふわした原因が多く含まれます。
その時は気に入らなかったのかもしれませんが、別のタイミングであっていれば全く問題がないということはザラでしょう。

ですが、特に真面目な人の場合疑わしいものはすべてストイックに敗因としてしまうでしょう。
結果的に自分はすべて悪かったのかという結論にいたり、これは最終的に自分のすべてを疑う疑心暗鬼をよんでしまいます。

どうして誰も相手にしてくれないのか?周囲への疑心と恐れ

恋愛において、100の失恋は1つの得恋に勝りません。
どんなに失恋しようと1人の恋人がすべてを帳消しにしてくれるほどの力をコイビトはもっています。

しかし、当然のように1人が0人の場合はそうもいきません。
なぜなら非モテにとってコイビトは何も与えてくれない存在だからです

恋愛経験が0、恋人が0というのはそういうことです。
ただ、恋愛対象から冷たく扱われた経験がすべてなのです。

1つもよい思いをしていないのですから、非モテにとって恋愛対象とはただの冷たい存在にしかなりえません。

よく聞く意見ですが、「恋人からの裏切りや悲しい別れも経験していない恋愛0の人間が恋愛のつらさを語るな」というものがあります。

確かに、少し話かけても相手にされなかったとか、デートをドタキャンされたとか、思わせぶりな態度に期待してしまったなど、一見は大したレベルの話ではないのかもしれません。

ですが、恋愛での良かったこと悪かったことを積算的に考えるとそうは言えません。
恋人がいてからこそのつらく悲しい別れを経験したのはわかります。
心のダメージは大きいかもしれません。

ですが、少なくともコイビトからうれしい経験をたくさんしているのは間違いありません。
恋愛の良かったことゲージが100の状態に90のダメージを受けてしまったのは悲しい経験かと思います。
ですが、10は残っているんです

非モテの場合は良かったことゲージが0の状態から、何回か1くらいのダメージを受けているといえます。
つまり良かったことの積算ゲージはマイナスなんです。

結果として生じるのが恋愛対象への不信や恐れです。
こと非モテの童貞でいえば、女性が怖くて信用できないんです。
「きっとこの笑顔は嘘なんだ!」

恋愛したくてもできない人の事情はこのようなものがあるということをもっと知ってもらいたいところです。

まとめ

大学時代を通じて非モテだったU25の非モテが非モテたる理由。
①周囲に置いてかれたという劣等感
②まったくわからない失敗の理由からの自身への不信
③恋愛対象への恐れと不信

いかがでしたでしょうか。

  • この記事を書いた人

りょうた”元”塾長

「元」非モテの塾長。30年を超える非モテ人生の果てに現在の彼女と出会い、当たり前な幸福を手に入れる。自身の非モテ人生によって培われた感性で恋愛について雑多に語る文筆家。

-非モテの生態解明