モテないみんなの願い星★
りょうた塾長でございます。
ロシアワールドカップが開催されました。
一国の期待、家族の期待、仲間からの期待……。
青いさむらい達は極北のロシアの地に降り立ち、出番をいつぞいつぞと待ちわびます。
今回は特別にロシアワールドカップについて何かお話しできればと思います。
優勝候補フランス、テクノロジーに感謝
https://www.footballchannel.jp/2018/06/16/post275044/
近年ビデオ判定が導入されてきています。
アメリカのメジャーリーグでもビデオ判定が導入され、公正なゲーム展開の支えとなっています。
ビデオ判定の善し悪しは議論がありますね。
人の判定はミスがある。
だからこそゲームとしての楽しみがある。
だからビデオ判定は導入すべきでない。
スポーツはエンターテイメントとも言えます。
まぁ難しい問題だと思います。
ビデオ判定はつまらない?
ちなみに私はビデオ判定については断然賛成派です。
それは人の誤判定も、ビデオの正確な判定も引っくるめて娯楽にしてしまえば良いからです。
実はアメフトでは1986年から「チャレンジ」というビデオ判定のルールがあります。
判定があやしい時は、自軍のタイムアウトを一回ベットしてビデオ判定を頼むことができます。
これは戦略的にもエンタメ的にもとても盛り上がる瞬間です。
チャレンジしなくたっても良いんです。
なんたって戦略的リスクがありますし。
判定が気に入らない人も誤審を許せるし、人の審判の誤審すらも楽しみにできるわけですしみんな幸せですね。
つまらないものも面白くする。それが「ありがとう」
このように、一見良くないことも考え方を変えるだけでみんな幸せな道を作ることができるのです。
見方や考え方を変えるということは、一見良くないものを良いものと捉えることが必要になります。
このような議論になると、多角的なものの見方が必要といった考えが出てきますが物事はもっと簡単です。
ありがとうが身につけていれば良いんです。
感謝の範囲を広げたとしましょう。
→ありがとう。
②お金払って商品を受け取った。
→ありがとう。
間違えなく言えることは、②の人の方が見える良いものの範囲が広いことですね。
①の人は無償のサービスを受けないと「良いもの」と捉えられませんが、②の人は有償のサービスも「良いもの」と捉えられます。
生活の中で無償のサービスを受ける機会と有償のサービスを受ける機会でどちらが多いかと言えば有償のサービスですね。
言うまでもなく②の人になることが良くないことに良いことを見つけられそうですね。
だからこそ「ありがとう」を意識することは幸せにつながると言えるのです。
いかがでしたでしょうか。