〇〇さんを私にください!
そんな(私が嫌いな)ラブコメ主人公みたいなセリフを発しているのはまさかの俺。
でも言った。
汗だくでジャケットの下は大湿原にしながらそれでも言った。

目次
同棲生活とっくに慣れてきた。にも関わらず
彼女へのプロポーズは先日終えて、これからの人生は二人三脚だ。
そんなことは付き合ってからも、同棲してからとずっと知っていたし、正直なところ、うまくいかないとは思っていなかった。

にも関わらず、歩む私の背後にじっと後に続く。
過去の私だ。
1人の生活
なんでもない街中を歩いていると、少しリノベされて扉の並びが規則的な板チョコ模様のアパートメントが気になっている。
きっと1Kかワンルームだ。
何とまあ往生際の悪いこと。
そんな往生際の悪い私は帰る。
2DKへ。
誰かに袖を引っ張られながら。

一代決心前の往生際
近隣の大きな街で婚約指輪の調整に出した。
緊張した……。

さっきのわらび餅美味しそうだったよね!
緊張した。

さっき買った麦茶でも飲む?
緊張した。
そこのイタリアン美味しいんだけど、うちの実家で行くと顔見知りなんだよ!
緊張した。

←緊張しすぎ!笑
彼女が必死に緊張を紛らわそうとしてるんですよ。
にも関わらず私の喉は砂漠の様にカラカラ。頭はフラフラ。
覚悟の時間。
挨拶予定の16時30分が近づく。

たかが数十分のイベント。
学生の頃の部活の試合も散々緊張しても1時間そこらだし、就活の面接だって同じように憂鬱なほど緊張するけど数十分のイベント。
別に似たような胸騒ぎは何回も経験してるはず。
にもかかわらず、
にもかかわらず、結婚を決めるということにここまでの覚悟がいるとは思わなかった。
人生は二人三脚。だけど暇を結ぶのは他でもない自分。
彼女へのプロポーズもそれはもちろん緊張した。
プロポーズとはいかに2人の記憶に残る素晴らしい思い出にしていけるのか?
という極めてクリエイティブなプレッシャーだ。
すごく緊張するけれど、心地の良い緊張。

なにせ大事な1人娘だ。
もちろん、この結婚後の人生を私が1人で引っ張っていくから緊張、なんて自惚れた緊張をしているのではない。
彼女はどんな時も一緒になって、二人三脚で走ってくれるパートナーなのは疑いようがない。
他の誰の役割じゃない。
この緊張はこれからの覚悟への緊張。
カジュアルな格好でお越しください。でカジュアルになれない非モテ
一度正装(に近い服)を纏うことはスイッチを入れるような感覚に近かった。
ドス、
ドスと一歩一歩階段を踏みしめる。

にもかかわらず、どこかよそよそしいそんな雰囲気だ。
どうやら非モテというものは、上げなくても良いハードルを勝手に上げてしまう生き物なのかもしれない。
迎え入れられる瞬間
どうも彼女は話の流れを読んで私にサインしていたみたいだ。

そんな私に、彼女のお母様は「今5時だねぇ」と。
まさに母なるタイムキーパー。
何かの流れで会話が誰かの住処ついての話になったので、「これは好都合」と今後自分たちの住処もどの辺に腰を据えようかという話を切り出し、現在出張ばかりの私の仕事も将来的にはもう少し出張の少ない業種を検討しているという話をして、いい加減そして回りくどくなってきたその時。
〇〇さんと結婚をしたいと思っています!
〇〇さんを僕にください。
良く言った!
僕も緊張したよ。
どこかの少数民族は崖から滝壺へダイブする儀式によって一人前の男として認められるらしい。
この時の自分は、覚悟の崖を飛び、やっと一人前の男として認めてもらった。そんな気分だった。
これからお義父さんになるその人の一言に、まるで走り終えた子供を抱きしめる母性のようなものを感じるくらい嬉しかったかもしれない。

脚に紐は結ばれて、軽快なスタートの合図が鳴り響く。
そんな私の手には未だ煙るピストルがあった。
途中で降りなくてよかった
まぁ、何はともあれ、あの日の俺、よくやったよ。
10年前の私では、こんな素敵な義両親と婚約者に囲まれた将来は得ることは出来なかったと思う。
みんな人生のステージを進めていって、まるで人生列車においてかれないようにかじりついてきた10年。

うん、途中で降りなくてよかった。
さて、次は何にビビるのだろうか?
まぁ、何はともあれ、今までの俺、よくやったよ。