おれのモテ塾 りょうた塾長とは

30年間一切モテなかったということ。

何をやってもモテなかった。

モテるために何をするのか?

外見を磨くためにダイエットをする。
相手の気持ちを察する。
やさしさを覚える。
服に気を使う。
etc......。

私が中学生の頃の話。
私は部活に入ってなかった。
正確に言うと途中でやめてしまった。

なぜなら運動音痴だったからだ。

お父さん、お母さん。
今度の運動会ですが、徒競走で5年連続びりという記録をついにやぶれるように頑張りたいと思いますが、現実はそうも甘くないので期待しないでください。

これは私が小学生のころに両親に送った運動会の招待状だ。

小さいころから運動ができる感覚がわからない。
球技ならどこに動けばいいのかわからない。ボールと自分の位置関係が把握できない。そんなところだ。

これは運動音痴にしかわからない感覚だろう。

とにかく小学校のころから運動が苦手なのはわかっていたので、中学校の部活動は続かなかった。

運動部とはモテ組の証

私の中学でもモテ組と言われる彼らはバスケ部のレギュラーやサッカー部のレギュラーだ。
つまり、球技系の部活のレギュラーはモテるのだ

男から見ても球技系部活に入っている人間は一目置かれた。
つまり、人生の早い段階でモテ組からは外れてしまったのだ。

そうなるとその中学生活は暗くなる。
表舞台の彼らを横目に私は家路につく。

帰り道で私は考える。
「俺も運動ができたらもっと目を引けるのに」

いつも私の空想の中では運動部のレギュラーだった。

さて、家に何があるというのだうか。
分不相応な夢は夢でしかないのだ。

だから入る。運動部に

高校に入った私はとある事情から部活に所属することを強いられた。
すぐにやめる私を見かねた母親が私に発破をかけたからだ。

当時の私はあきらめていた。
自分に運動部なんて無理と。

母親は言った。
「卓球部でも水泳部でもいいから、何か3年続けてみなさいよ」

卓球も水泳も運動音痴の私でもできると踏んでいるのか?
真面目にやっている卓球部員と水泳部員にとても失礼だ。

卓球なんて恐ろしいくらいの反射神経と空間認識能力が必要だ。
個人的には最も難しいスポーツだと思うし、卓球=誰でもできるスポーツというのは間違いだ。

少し脇道にそれたが、最初から私に卓球も水泳もあり得ない選択肢だった。

しかし、母親の発破は効果があった。
あきらめていたなにかを思い出した。

モテ組は運動部ということだ。
どうしても捨てられない憧れ。

自分も一目おかれる存在になりたい。
でも自分なんかじゃ無理だ。だから最初からあきらめるほうがスマートだろう。

妄想を妄想で終わらす?
俺が主人公なのは俺の頭の中だけ?

私は家の固定電話に手をかけた。
電話先はサッカー部控えキーパーを途中でやめた男だ。

ラグビー部の練習見に行かないか?

顧問は口のうまい男だった。
自分に素直になれない15歳のガキなど簡単に転がされた。

もちろん恐ろしさは多分にある。
どう考えてもつらい競技。
自分なんて速攻でやめてしまうんだろうと。

数日後にはジャージ姿。
手には長いボール。
15年間運動から逃げた男にはもちろんラグビーは大変だった。
普通に苦しかった。

だが私の予想に反し、その年の10月くらいだろう。
いただいたのは一ケタの背番号の書かれたユニフォームだった。

球技系部活のレギュラーだ。
モテ組だ。

一目おかれる存在だ。
私の学校は中高一貫校だった。
つまり同級生は中学の頃の私から知っているのだ。

中学のころはろくすっぽ運動できなかった男が高校からラグビーを始めた。
なんだかんだ大変そうだけど、なんだかんだ楽しそうにやっている。
そんでもってフォワードのレギュラーだ。

よくやった!
すごい!
ミラクルだ!

そんな私に訪れるはずの女子との接点。

そんなものは3年間ついぞなかった。

大学では面白い人間を目指そうと思った。

すでにできてしまっている人間関係では仕方がない。
学年でもトップクラスに成績の悪かった私は、一浪したものの同級生に比べて有名な大学に入った。

狙うは大学デビューだ。
とにかく明るく積極的にふるまった。
クラスの男子が消極的だったので、とにかく男子を代表して前面に出て行った。

しかし、女子の浮かべる表情は微妙。
めんどくさそう。
ひきつった笑顔。

つまり滑っていたということだ。
適切なトーンや文脈でのトークができておらず、ただの需要にこたえられない騒音マシーンだった。

一人で大学で時間をつぶしめんどくさそうに教室に入るスエット姿の私。
しばらくしてキャンパスでみたのは、楽しそうに女子と談笑する消極的男子だった。

最後に残る場所とは。

うるささで失敗した私は、次はクールにふるまった。

お前らなんて興味なんてないよ。

学校で一言も声を発しないのは当たり前になった。

サークルも複数入ったが、必ずうるさくして引かれるか、静かにして存在を認識されないかだった。
最後まで続いたのはアメフトだけだった。

大学生のコミュニティは大学だけではない。
アルバイトもある。

料理と酒が好きな私は居酒屋で4年間バイトした。

余談だが、当時他人に居酒屋でバイトしているというとよく帰ってくる答えがこれだ。

「www居酒屋にいそう!www」

ヘルプでいろんな居酒屋に行ったりもしたが、私みたいな店員はいなかった。

居酒屋は女性アルバイトも多い。
4年もいれば恋愛が期待できる場所だろう。

しかし、なぜか彼氏持ちばかりが残った。
もともと彼氏がいるか、バイト先の社員と付き合うかそんなのばっかりだった。

なおフリーの娘はたいてい3か月くらいでやめた。

大学を卒業するころには、彼女を作ることはすべて無駄だと思った。20代前半はとにかく斜に構える人生だった

20代後半になった。
このまま一人で朽ち果てるのは嫌だと思った。

婚活パーティに行った。普通に話して普通にマッチングしなかった。
アプリを使った。ネットを見て100点満点なプロフを作った。マッチングしなかった。
街コンに行った。毎回10人くらいの人とラインを交換した。1週間後まで返信が続くことはなかった。

友人は少し増えた。少しは自分と話してくれる女性もいた。
女の子がBBQをやりたがったので自分が中心となって準備した。
その女の子が望んだので鍋パーティもやった。年越しもやった。
その女の子は一緒に来ていた男とキスをしていた。
その半径1m以内で私は寝息をたてていた。

自分のことを必要としてくれる人は誰もいないんだと思った。
とても悲しい気分になった。

新しい女の子と出会った。
仲良くなり毎日電話をするようになった。その子のことが好きになった。ラインをブロックされた。

友人の紹介で新しく仲良くなった女性がいた。
笑いや楽しさのツボが合い、数年ぶりに心から笑った。
しばらくしたらその女性から冷たくされるようになった。
たまに最初のように楽しいことも言ってくれるようになった。
冷→暖の落差に私の頭はこんがらがった。
告白した。ふられた。

思えば恋愛は苦しさが深かった。

普通の人は恋愛で楽しくも大変な思いをしている。
でも俺にはそれすらも無だった。

自分は欠陥人間だと思っていた時期もあった。
仕事のこともかさなり、2年ほど自分はいらない人間だと思っていた。

しかし女性のことから目を離せば自分のことを必要としてくれる人もいることが分かった。
救われた。

だから、何も成果がなかろうと30歳を超えた今でも恋人を作ろうという気概は持ち続けられた。
もちろん相変わらずモテない。

さあ、自分は何をしたいのだろうか?

30歳まで童貞だったけどナンパして100人とセックスした。

これって、遅くまでモテなかった人間が目指す目標のテンプレみたいなものだ。
いままでモテなかったんだから、これからはモテモテになって女と遊びまくる。
決して埋められない時間的損失を女性の数で補う。

おつりを取り返しに行く人生。

いや、そうじゃないだろう?
それって楽しいのか?

どうなんだ?俺よ。
自己満じゃないか?
実際に成功すればほかの男に対してマウントをとることでしばらくプライドを保てるだろう。

それって楽しいのか?
たしかに、いろんな女性と遊ぶのは楽しいと思う。
私もセックスは好きだからだ。

でもいつまで?一生?
どんなに頑張っても50代までだろう。腹上死がしたいわけでもないので。

結婚は?流石に不倫は倫理的にあかんよな。
少々のおつりを取りに行くこと、そしてナンパのおそろしさ。
二つの道、それは蛇の道か鬼の道か?

そもそもモテなかった30年は負債なのか?
確かにこれからハーレム人生を目指すなら負債だ。
人生の価値がモテることなんだから、モテなかった期間は負債だ。

違うだろう?
俺はモテなかった30年を財産にしたいんだろ?

自分は30年モテなくても、まだ大丈夫だ。

俺の場合は。だ。
しかし、今この時にもモテなくて心が折れる人がいるのではないか?

彼らの力になるのは誰か?
モテなかったけど一発奮起してナンパして100人とセックスした人だろうか?
そんなわけがない。
モテないけど絶対に希望を失っていない人だけだ。

俺だ。

だからモテない人の恋愛をよくしていきたいのだ。

自分がモテない決定的な原因。
なんとなくずれたリズムや感覚は女性に変な感じを与えるし、シングルタスクな頭脳は肝心な時にメモリがいっぱいになり余裕を失わせる。
決定的に恋愛で不利な要素。

シングルタスクは仕事でも不利になるので、何個も対策をとっている。だが、限界もある。
リズムや感覚なんて前頭葉を丸ごと取り換えないと無理だろう。

モテる為に自分を捨てるといっているようなものだ。
自分を肯定したいが為にモテたかったようなものなのに、そもそも自分を全否定している事実は疑問しかない。

非モテの当事者にとってはモテるということはそれほど異質なものなのがわかる。

モテないけどモテない人の支えになる人

自分が欠陥人間だと思う時。
自分は不要だと思う時。

これって死ぬほど辛いんだ。

そんな人たちに力になれるのが俺。
30年モテなくても折れなかった俺。

だから、モテないけどモテモテになった人を目指さずに、
モテないけどモテない人の支えになる人を目指しているんだ。

  • この記事を書いた人

りょうた”元”塾長

「元」非モテの塾長。30年を超える非モテ人生の果てに現在の彼女と出会い、当たり前な幸福を手に入れる。自身の非モテ人生によって培われた感性で恋愛について雑多に語る文筆家。

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